愛読書は時代小説、鑑賞する映画は主にハリウッド映画。そのため原作を読んだのちに映画化された作品も鑑賞するという機会がまったくない拙い読者にとって唯一ともいえる、原作も読み映画も観たという一冊を選んでみました。
『火星の人』(原題:The Martian)
アンディ・ウィアー 著
あらすじは、
有人火星探査ミッション、アレス3に参加した宇宙飛行士マーク・ワトニーが不慮の事故によって火星に一人とり残されることに。地球との通信が絶たれ、食糧も物資も限られた不毛の惑星で、彼は植物学者とメカニカルエンジニアとしての知識を駆使して生き延びていく、といったストーリー。
この作品はもともと無名の作者がWeb小説としてネット上に連載していたものが話題となり、2011年に自費出版され、やがて2014年あらためて出版社から再刊行されたという異例のヒット小説です。著者のアンディ・ウィアーは、「いちばんいい暇つぶしは、腰をおろし、知識を総動員してひとつの宇宙飛行計画をはじめから終わりまで想像することだ」と語るほどの宇宙科学オタクを自称する人物です。そのため作品に描かれる科学的考証は煙に巻くような胡散臭いものではなく、専門家も納得させられ、素人でも理解できるような現実的でわかりやすい記述がされていることに驚かされます。例えば冒頭の一文は、
「ログエントリー:ソル6」
と始まります。ログエントリーとは作業日誌といったもので、ソルとはこの作品では火星の1日、24時間39分35秒をさす単位のこと。つまりソル6は火星でのミッション6日目となります。宇宙科学オタク以外には到底書けない冒頭であり、だこらこそ一気に作品世界に引き込まれるともいえそうですね。
そしてぜひ書いてみたかった原作を読んだあとに映画化作品を鑑賞した感想です。この小説を原作とした映画が、
『オデッセイ』(2015年、アメリカ映画)
監督 リドリー・スコット
主演 マット・デイモン
映画は原作をイメージ通りに描いた素晴らしい作品でした。批評も興行収入も申し分のない傑作です。しかしながら唯一残念なことは映画に描かれた主人公マーク・ワトニーに降りかかる災難はおそらく原作の70%ほどではないでしょうか。すべての苦難を映像化するには2時間ではとても足りなかったのでしょう。そして残り30%の苦難は物語の終盤に集中しています。
映画はおもしろかったが原作は読んでいないという方はぜひ、残り3割の絶望と希望を小説で体験してみてはいかがでしょうか。