ときとして映画のワンシーンから〈感動〉ではなく〈影響〉を与えられることがあります。多くの感動を与えてくれる名作は数え切れませんが、些細であっても人生になにかしらの影響を与えてくれた映画は数えられそうです。映画ファンのひとりとして、そんな〈影響作〉の感想文を個人主観で恐縮ながら不定期であげてみることにします。
初回は、
『マスター・アンド・コマンダー』(2003年、アメリカ映画)
近世の海洋戦争冒険映画。
ナポレオン戦争下の1805年、イギリス海軍本部からフランスの新型私掠船アケロン号の太平洋進出を阻止せよとの指令を受けたジャック・オーブリー艦長(ラッセル・クロウ)率いるイギリス戦艦サプライズ号の壮大で波乱な航海が描かれます。波濤を切って走る巨大帆船、手に汗握る戦闘シーンなどスケールの大きな作品ですが、最大の見どころは主人公オーブリー艦長の〈リーダーシップ〉の描写です。迅速的確に部下を指揮し、勇猛果敢に宿敵を追う、これならよく見かける緊張場面ですが、一方で幹部士官たちを笑いに包みながら食事を共にし、親友であるマチュリン軍医と食後にチェロとバイオリンのセッションを嗜み、幼い士官候補生たちには自らユーモア交えて航海術を指導するなど、いわゆる〈緊張〉に相対する〈緩和〉の場面がリーダーの重要な振る舞いとして丁寧に描かれます。
彼の艦に乗れば必ず生還できることから下級水兵たちから彼は「ラッキー・ジャック」と呼ばれます。それは偶然の幸運ではなく彼の優れた分析力、判断力、行動力、統率力に裏打ちされた必然なのですが、彼は自らの力量を誇ることもなく「ラッキー」の異名に満足します。部下の前ではトラブルが起きれば起きるほど、より冷静になっていく彼の姿にリーダーの心得を学ぶことができます。
彼は食事中の歓談で「私はネルソン提督から多くの薫陶を受けた」と述懐します。そしてラスト、彼を敬愛する若く優秀な側近、プリングス副長に彼は拿捕艦の艦長を任命します。ネルソン提督からラッキー・ジャック、そしてプリングス副長へ。偉大なリーダーが自らの権を手放しても〈リーダーシップ〉を継承していく潔さに心打たれます。
「 理想のリーダーとは?」難しい本よりもわかりやすく、ラッセル・クロウが示してくれたそんな映画でした。