歴史 “ノンフィクション“ 小説しか読まなかった拙い読者が、はじめて手に取った ”フィクション” 時代小説は、山本一力さんの直木賞受賞作『あかね空』だったと記憶しています。そしてとにかく面白い。食事も忘れるほど面白かったため、続けざまに購入して読んだのが、山本さんの単行本デビュー作である『損料屋喜八郎始末控え』でした。
ストーリーは、
上司の不始末の責任を取らされ、同心の職を辞した主人公・喜八郎が、長屋住まいの庶民相手に鍋釜や小銭を貸すという「損料屋」を営むことに、ところがこの損料屋、だだの物貸しではなく、与力の仲間らと共に情報を集め、時に公儀に背く陰謀を暴き出し、時に巨利をむさぼる札差たちと渡り合う、いわば正義の秘密結社とそれを率いるヒーローの物語。そんなところでしょうか。
一冊に数話の短編があり、各々に結末を持たせながら、さらに一冊を通して縦軸の物語が展開する。そんな作品ですね。
勧善懲悪の時代劇でありながら、刀を抜くシーンは皆無。凄腕のはずの喜八郎も悪者を成敗するとは言いません。悪者を懲らしめると言います。それが象徴するように喜八郎と喜八郎を取り巻く人々、そして舞台となる深川に暮らす人々の〈義理と人情〉〈粋と威勢〉〈正義と恩義〉そしてなにより〈優しさと温かさ〉にあふれた地域密着型人間ドラマに見事に仕上がっています。
この『損料屋喜八郎始末控え』は、その後シリーズ作品となり、ニ作目『赤絵の桜』、三作目『粗茶を一服』と続いたところで、続編がプツリと途絶えます。そして10年の沈黙を破り、2018年刊行されたファン待望の続編、四作目が、
『牛天神・損料屋喜八郎始末控え』
この作品の結末には驚かされました。もはや〈勧善懲悪〉ではなく、〈勧善慈愛〉になっていました。山本一力さんの〈優しさと温かさ〉があふれてしまったんだと思います。
ぜひご一読下さいませ。