『おくりびと』(2008年、日本映画)
監督:滝田洋二郎、出演:本木雅弘、広末涼子、他。第81回アカデミー賞外国語映画賞、および第32回日本アカデミー賞最優秀作品賞受賞作。
プロのチェロ奏者、小林大吾(本木雅弘)は東京の管弦楽団に所属していたが興行不振が重なり楽団が解散。夢をあきらめ妻の美香(広末涼子)とともに山形の実家に帰省し、偶然見つけた求人広告をきっかけに納棺師として働くことに。といったストーリー。
この映画をもう一度観賞するにあたり、主人公の大吾が、自らもためらい、妻にも反対され、友人や周囲の人たちからも蔑まれながらも納棺師という仕事に誇りを持つこととなる転機は何だったのか?その瞬間を探りながら観直したところ、納得しました。このシーンに間違いありません。
ー ある現場で不良学生を更生させようとした列席者が大吾を指差しつつ「この人みたいな仕事して一生償うのか!」と発言したことを聞き、ついに退職を決意した大吾が佐々木社長(山崎努)宅を訪ねます。佐々木は大吾の訪問を予期していたのか、大吾を食卓に招き入れ、鉄板焼きを振る舞いながら身の上話をはじめます。
9年前に妻を亡くしたこと…
納棺師としてはじめての仕事が妻だったこと…
それ以来この仕事を続けていること…
そして、妻に先立たれるのは何よりつらいと…
やがて焼き上がったふぐの白子にかぶりつきながら、
(佐々木)
これだってさ
これだって ご遺体だよ
生き物は生き物を食って
生きてる だろ?
死ぬ気になれなきゃ
食うしかない
食うんなら うまい方がいい
うまいだろ
(大吾)
うまいっすね
(佐々木)
うまいんだよなあ 困ったことに
大吾はこの佐々木社長の言葉にふれて退職を思いとどまり、その後、幾度の現場をこなしながら一人前の納棺師になっていく様子が描かれます。
妻に先立たれ、深い悲しみを負う佐々木社長がふぐの白子をほおばりながら淡々と語る「死ぬ気になれなきゃ、食うしかない」という言葉には、一見ユーモラスでありながら、じつは絶対的な死生観、それは「悲しかろうが苦しかろうが、人は生かされている、生きるしかない」という強い覚悟が滲んでいるようです。
あまりにも美味しそうなふぐの白子とともに、心に残る名場面でした。