70年目の真実

少年は母親との二人暮らし。父親は米軍兵で少年が生まれる前に朝鮮戦争で戦死したと母親から聞かされます。その当時、米軍兵と日本人女性との間に生まれた子供が増え「あいの子」などと差別されることも多かった時代、母親は実家も頼れず、ゆかりのない土地で仕事を掛け持ちして少年を育てます。しかし生活は苦しく、小学生になった少年は貧しい家計を少しでも楽にしようと新聞配達と牛乳配達の仕事を掛け持ちして登校していました。やがて中学を卒業すると地元で本のセールスや文具店の配達の仕事をしながら定時制高校に通います。そしてこの頃、アルバイト先のスナックのマスターの紹介で新しい仕事を始めることになり、彼は17歳で上京します。

これはNHKのドキュメンタリー番組『ファミリーヒストリー』2023年8月14日放送回で紹介された俳優・草刈正雄さんの生い立ちであります。草刈さんは「父親のルーツを辿る」というこの番組企画を、母親が数年前に他界したこと、子供たちから「家族のルーツを知りたい」と背中を押されたこと、そして自らも70歳という節目を迎えたことなどからオファーを受ける決心をしたそうです。

やがて番組の後半。草刈さんも見守るVTRでは半年の取材の結果、父親に関する詳細な情報が明らかにされていきます。
父親は戦死しておらず、2013年まで存命していたこと…
父親の姉、草刈さんの伯母が97歳となる現在も存命していること…
そして誰もが息をのんだ瞬間が、父親の若かりし頃の一枚の写真。その顔立ちは草刈正雄さんそのものともいえるほど似ていました。草刈さん自身も「生まれてはじめて父の写真を見た途端、生活のために苦労した母のことや、父に対する恋しさが綯い交ぜ(ないまぜ)になって押し寄せてきました」と述懐しています。

番組のラスト。真実を知った草刈さんが番組収録を終えてわずか数日後にアメリカ・ノースカロライナ州の伯母たちに会いに行く様子がVTRで流れます。そして草刈さんが伯母と対面するや否や笑顔で抱き合う二人の姿に視聴者は多くの感動をもらったことでしょう。

草刈さんがアメリカの伯母を訪ねる旅の道中、ポツリと一言「複雑な思いはあります…」と語ります。母の苦労、貧しかった境遇、それらは私たちが軽々しくその胸中をはかることなど到底できないものです。しかし草刈さんは複雑な思いを抱えながらも居ても立ってもいられず今こうして亡き父の元へ向かっている自分自身というものにも気づいたのかもしれません。それは父と母と、そして二人をとり巻く様々なご縁によって今日の私が生かされている。あふれんばかりの感謝の思いが草刈さんをはるばるアメリカへと向かわせたのかもしれませんね。

親鸞聖人のお教えにも通じるご縁とご恩と感謝の物語。素晴らしい番組、感動の放送回でした。

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