住職の読者感想文④『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』

時代小説ばかりをゆっくりと読み続ける拙い読者の私が、十数年前に思わず興味をひかれた本のタイトル。それが、

『雪男は向こうからやって来た』
(2011年、集英社)です。

UMA(未確認生物)や超常現象、都市伝説などの題材はひとくくりにされて、おおむね写真付きのオカルト雑誌などで紹介されることがほとんどですが、この本は違いました。どうやら探検家である著者が本気で〈雪男〉を追いかけたノンフィクション、謎の生物とそれを追う人間たちを真正面から描いたドキュメンタリー。

著者の角幡唯介さん(かくはた ゆうすけ、1976年2月5日ー)は探検家、ノンフィクション作家。早稲田大学在学中に探検部に所属し、卒業後の2003年、27歳で朝日新聞に入社、2008年、朝日新聞を退社してネパール雪男捜索隊に参加とあります。(雪男を探すために会社を辞めたのか?)と思いきや、違いました。角幡さんには探検部時代にやり残した“大冒険”がありました。彼が会社を辞めてまでやりたかったこと、それがチベット奥地の探検。彼の言葉によれば、

ー チベットには18世紀から「ヒマラヤの謎の川」として知られたヤル・ツアンポーという大河がある。この川は中国とインドの国境近くで大きく屈曲し、大峡谷地帯を形成しながらヒマラヤの山中に姿を消している。この峡谷の最奥には、幻の大滝やらチベット伝説の聖地やらの言い伝えが残っており、100年以上の昔から探検家たちはその謎を解くために命をかけてきた。(中略)この地理的秘境は、20世紀末になっても未だ核心部が空白のまま残されており、学生時代のわたしはその蜘蛛の巣がかかったような古めかしい課題を解決することに人生の意義を見出していた。

とあります。そして彼がこの“大冒険”の集大成として職を辞して挑んだのが、

『空白の五マイル チベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む』
(2010年、集英社)

この本では、かつてツアンポー峡谷に向かった探検家たちの歴史をたどりながら、著者が空白の五マイルの大部分を明らかにした2002〜2003年の単独行の記録である第一部「伝説と現実の間」。そして退職後の2009年に挑んだ単独行、第二部「脱出行」の二部構成になっています。とくに「脱出行」のクライマックスは遭難して生死を彷徨う著者の様子が赤裸々に綴られ、とても読み応えのあるものでした。

ある探検家が学生時代にやり残した大冒険をあきらめきれず会社を辞めてもう一度挑戦するノンフィクション。面白くないはずがありません。

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